概念地図法による中学校理科「力学」分野における理解度調査


               索引語 概念地図、中学校理科「力学」分野、追加ラベル

1.はじめに

  近年、特に「理科離れ」「理科嫌い」という言葉をよく耳にする。科学技術が急速に進歩し、その恩恵を受けながら生活をしている私たちや子どもたちにとって、「理科離れ」「理科嫌い」は深刻な問題である事は自明であろう。なぜなら、原子力発電所における臨界事故や遺伝子組み替え食品など、われわれが日常生活を送る上で直面する様々な科学的な問題に自ら関心をもち、考え、意見するということができなければ、われわれは専門家やマスコミによる情報のみを頼りに判断しなければならなくなるからである。また、理科の学習は科学に限らず社会の様々な営為の中に存在する議論やものの見方・考え方の方法を学ぶ機会でもあるため、理科教育における現状を楽観視することは望ましくない。今「理科離れ」「理科嫌い」の問題を払拭することなくして日常生活における科学的事象への関心を沸き起こすことは難しい。しかし、何をもって「理科離れ」「理科嫌い」と言えるのだろうか。実際、博物館や青少年教育施設などで見る子どもたちは目を輝かせ探究心をもって科学的な対象に触れているように思えてならない。子どもが自然の現象や事物について知ること自体に興味をもっていることはピアジェ以来多くの心理学者が認めるところであり、またマスコミなどを通して子どもが科学についての擬似的な知識を構成している事が指摘されている。しかし、一方で現在の理科教育において「理科離れ」「理科嫌い」が横行している事実を裏付ける、様々なデータが存在していることも否めない。これより必然的に学校での理科教育による学習知が日常における科学的知識とうまくリンクしていない可能性が考えられる。
 本研究では学習者の学習による概念構造の変容についての分析を行い、教授による学習者への効果を解明することを目的とした。

2.概念地図

概念地図とは、ある単元に関連する数種のラベル、線、矢印、結合語などを用いて作成者自らの思考を白紙に描き出したものである。概念地図を用いることで、ある分野における作成者の概念構造を視覚化することができる。作成された概念地図は、学習前あるいは学習後に作成者が自らの概念構造を視覚的に認識できるだけでなく、学習者同士で比較し合い議論することで分野に関する理解を深めることができる。また、教授者が学習者の概念を把握することによって、各学習段階における学習者の多様な学習活動や概念形成に柔軟に対応した指導方針を立てる際にも非常に有効な手段となる。

3.調査方法
 概念地図法により各学習段階にある生徒・学生の中学校理科「力学」分野における調査を行った。調査対象は京都教育大学附属桃山中学校、附属高等学校および教育学部の生徒・学生であり、各学習段階により8つのグループに分類した。
 本研究における概念地図の作成には、基本となる「力」「重力」「物体」「地球」「重さ」「質量」「運動」「エネルギー」の8つの主要ラベルを与え、その他にこれらのラベルに関連する語を被験者の既存の知識をもとに追加ラベルとして自由に付け加えさせた。この追加ラベルは作成者の「力学」分野に関連する自由な発想を調査することが目的であるので、「力学」分野に限定せずに、日常知や他の分野および教科に関連する学習知なども可とした。

以下に、学習履歴によって8つのグループに分類した調査対象を示す。


4.調査結果

主要ラベル

 各主要ラベル間の結合本数により結合度をもとめ、 学習履歴に対する結合度の顕著な傾向を4つのパターンに分類した。ここで、結合度とは各グループにおけるラベル間の結合本数をグループの人数で割った値をパーセント表示したものである。

 パターンTは、学習履歴に依存せず常に同程度の結合度で結合する場合であり、11通りの組み合わせがこのパターンに属する。
 パターンUは、学習履歴にしたがい結合度が一定の相関を示す場合であり、正の相関および負の相関を合わせて8通りの組み合わせがこのパターンに属する。
 パターンVは、学習履歴にしたがい結合度が高くなりその後一定の結合度を保つ場合であり、2通りの組み合わせがこのパターンに属する。
  パターンWは、学習履歴にしたがい結合度が大きく変動し、最終的に元の結合度に戻る場合であり、1組だけがこのパターンに属する。

  以上の4パターンに分類した結果を以下に示す。
    パターンTに「質量」は関与しない。
 「物体」「地球」「質量」は比較的多く正の相関が見られる。
   負の相関が見られるのは「力」−「エネルギー」の1組だけである。
 「物体」の概念は学習履歴の早期の段階で形成され、その後変換されにくい。
 「力」−「運動」の組み合わせは大きく変動するが結果的に元に戻る。
   学習履歴の低いグループでは「重力」と「重さ」を区別する傾向がある。

追加ラベル

 学習者の既有の概念によって各主要ラベルから付け足された追加ラベルは非常に多様であるため、分野によって「力学分野」「天文分野」「電磁気分野」「その他の物理分野」「化学分野」「生物分野」「地学分野」「日常的分野」の8つの分野に分類した。万有引力、宇宙、月、人間は、グループに共通して追加頻度が高い。特に「人間」の追加頻度が高いことは、学習者が人間を主体として思考するという点で注目すべきであろう。
 本研究では、「各グループに対する分野別に見た1人当たりの追加ラベル数」「ラベル分野に対する追加頻度」「各主要ラベルに対する追加頻度」に関して分析を行った。結果を以下に示す。

    1人当たりの追加ラベルの利用は、4グループがもっとも多い。
    いずれのグループも「力学分野」「日常的分野」の追加頻度が顕著である。
    学習履歴の低い1〜4グループは「力学分野」より「日常的分野」の方が追加頻度が高く、学習履歴の高い5〜  8グループは「日常的分野」より「力学分野」の方が追加頻度が高い。
    いずれのグループも「力」「地球」「エネルギー」の主要ラベルからの追加頻度が高い。

5.今後の課題

 本研究において調査対象分野となっているのは、中学校「力学」分野である。現行の指導要領では中学校において「力学」分野は上巻・下巻に分かれている。しかし、本研究では下巻における「力学」分野の学習直後のデータが欠けている。したがって、中学校3年生「力学」分野学習直後の調査を行い現在のデータに追加しなければならない。 また、これまで学習履歴にしたがった学習者の概念変容を分析してきた。今後この結果を踏まえ、現行の教科書および指導方法を研究することによって、より有効な学習方法の分析し、実践まで進めたいと考えている。


ラベル分野別追加頻度


各主要ラベルに対する追加頻度